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政府が過ちを犯すとき

2011-02-10 | filmpres | trackback

「政府が過ちを犯すとき: 長距離走者としてのアーキビストとアドボカシー」

レイ・エドモンドソン

はじめに

政府が過ちを犯すようなことってあるでしょうか?理由は何であれ、何か間違った行いを為すようなことって?

もちろんありますよね。古代から現代までの歴史を辿れば明らかですし、今日の世界に限っても、政府の失態の実例はいくらでも思い浮かびます。

では、政府は過ちを〈認める〉でしょうか?

時には。でも総じて政府が過ちを認めるのは、ほかに打つ手がない場合です。 政府を形成するのも所詮、我々と同じまったく当てにならない人間に過ぎません。白状すれば気持ちは軽くなるかもしれませんが、誰だってできることなら失敗を認めたくないものですし、存続が危ぶまれているような政権なら尚のこと、対抗する勢力に利を与えるわけにはいきません。ですから政府は、厄介な質疑に対して―ほかの誰もがそうするように—次のような態度を取るわけです。

……この程度のことは序の口でしょう。方便はいくらでもあります。ところで、過ちばかり犯す政治家や官僚の体質を深い人間性と洞察力で探求する英国BBCのコメディ『Yes Minister』は、我が国オーストラリアでも長らく人気があって、皆さんにもぜひご覧いただきたい番組です。

BBC Yes Minister(1980〜1984)

このドラマの登場人物、典型的な官僚ハンフリー・アップルビーは、彼が仕える大臣のジェームズ・ハッカーに対して、政府が厄介な質疑をくぐり抜ける術をことあるごとに言い含めます。彼の進言は例えばこのようなものです。政府におきましては「触らなければ蜂は刺さない、薮をつついて蛇を出すことはない、猫は鳩を襲わせるより鞄の中に閉じ込めておくほうがいい」というのが常識です。ほかにもあります。大抵のことは失敗として攻撃の対象になりますが、大抵のことは「大した失敗ではない」とすれば防戦できます。政治家に「意義」の意義深さなどわかりはしません。さらにはこれも。「我々はこの原則の適用に関してもっと柔軟に考えることにした」というのは「この政策はやめにするが、そのことを公には認めたくない」という意味です。

政府が犯した過ちの影響が、我々アーキビストに及ぶとなったらどうでしょう?いったい何をどうすれば状況は変わるでしょう?そもそも状況を変えることなどできるのでしょうか?あるいは、我々は無力なのでしょうか?

自らの考え方を強く訴えて普及させることをアドボカシーと呼びます。好むと好まざるとにかかわらず、アーキビストはその実践者(アドボケート)です。選別や保存の行為こそ、本質的に実力行使の政治的な声明なのですーつまり我々は、自らの価値観を押し通しています。必ずしもその価値観に賛同が得られるとは限りません。20世紀に起こったアーカイバル・コレクションの意図的な破壊という実に忌々しい史実からも、そのことがわかるでしょう。歴史を保存したい我々と、歴史を書きかえたい人々の価値観は真っ向から対立するものです。1930年代のナチスによる焚書、1970年代のカンボジアのクメール・ルージュによる記録の破壊、1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナにおけるサラエヴォの国立図書館の破壊を考えてみてください。

Lost Libraries: The Destruction of Great Book Collections Since Antiquity

前口上はこれくらいにして、そろそろ核心に触れます。オーストラリアの国立フィルム&サウンドアーカイブ(NFSA)の元職員、そして現在は民間のコンサルタントとして、以前にはなかった自由が今の筆者にはあります。このテーマで発言したり、映像アーキビスト協会(AMIA)のメーリングリストに投稿したりするようになって何年か経ちますし、AMIAの『The Moving Image』、国際音声・視聴覚アーカイブ協会(IASA)のジャーナル、『Metro』などにも寄稿しました(その内のいくつかはアーカイバル・アソシエイツのウェブサイトに掲載しています)。でももっと重要なことは、筆者がNFSAと共に荒波に揉まれる中で生み出してきた理論です。これまでの歴史をここで改めて述べさせてください。これは最新版の事例報告でもあります。また参考事例として、どこかしら似たところのある英国の国立フィルム&TVアーカイブ(NFTVA)の存続問題も取りあげさせていただきます。

このような発信をすることに筆者は倫理的な責任を感じていますし、おしまいまでには、どうか皆さんにもこの気持ちを察していただきたいと思っています。皆さんが同じような状況に置かれることはないにしても、普遍的な原則のようなものはあるでしょうし、皆さんの現在や将来の教訓になることもいくらかあるでしょう。もっとも、筆者が表明するのはあくまで個人的な見解です。

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