第24回ポルデノーネ無声映画祭報告
2005/11/12 | filmpres | trackback「ポルデノーネ無声映画祭」(Le Giornate del Cinema Muto)は北イタリアのサチーレで開かれる映画祭で、今年(2005年)で24回目を迎えます。この映画祭には地元市民のほか、世界中から多くの映画研究者やフィルム・アーキヴィスト、映画愛好家らが集まり、意見や情報を交換する重要な場ともなっています。 これは、フリーで活躍するフィルム・アーキヴィスト、ブリギッタ・パウロヴィッツ氏による映画祭の報告です。
今年のポルデノーネ映画祭は「La luce dell’Oriente / Light from the Ea st Omaggio al cinema giapponese / Celebrating Japanese Cinema Shochiku 110 - Naruse 100」と題して、今年創立110周年を迎える松竹と生誕100周年の成瀬巳喜男監督の特集上映が組まれました。アジア映画をこよなく愛するパウロヴィッツ氏、いったいどんな思いで映画祭へ臨んだのでしょうか?
北イタリアで観客を熱狂させた輝かしき日本の無声映画たち
私にとってのポルデノーネ無声映画祭は、ウィーン発ヴェネチア行の列車に乗り込むところで毎年その幕を開けます。列車はオーストリアの山々や名高いゼンメリング峠を抜け、カーブを一つ曲がる度にあらわれては消える予測できない景観―渓谷、城跡、壮観な鉄橋など―を次々と眼前に見せてくれます。いつの日か蒸気機関車に乗ってポルデノーネに出かけてみたいと私は密かに夢見るのでした。
何はさておき到着後はオープニング・イベントのチケットを求めるのが常です。幸い入手しそびれたことは一度もありません。今年のオープニングはジャック・フェデーの「CRAINQUEBILLE」(1922)をアントニオ・コッポラのスコアと共に上映するというので、とくに楽しみにしていました。チケットが確保できたことは何よりの喜びでしたし、美しい作品の非の打ち所のない復元版に素晴らしい楽曲が花を添え、決してがっかりさせられることはありませんでした。
この作品は今年の特集のひとつである「アンドレ・アントワーヌとフレンチ・リアリズム」【Andre Antoine and French Realism】の中の1本でした。アンドレ・アントワーヌ(1858-1943)は自然主義に傾倒し、演劇界ではイプセン、ストリンドベルグ、トルストイなどをフランスの観客に紹介したことで有名な人物です。1914年に映画界へ進出し、シンプルかつ類い稀な手法でフランスの風物を美的に描き出しました。
船上生活の映画が好きな方に―否、とくに好きではない方にも―お勧めしたいのは、「L’HIRONDELLE ET LA MESANGE」です。撮影は1920年ですが、6時間にも及ぶフッテージをアンリ・コルピが編集し、 1984年になって漸く公開された作品です(78分/18fps)。コルピを助けたのがフィリップ・エスノでした。二人はできる限りオリジナルの脚本に忠実に、監督の本来の意図に作品を近づけるよう腐心しました。この映画祭でアントワーヌの映画を堪能できるのも、1955年以来アントワーヌを研究しているフィリップ・エスノの弛みない努力のおかげです。
ほかにアントワーヌの影響を受けた作品群として、同じく船上生活を扱ったジャン・エプスタインの「LA BELLE NIVERNAISE」(1923)、先に述べたフェデーの「CRAINQUEBILLE」(1924)、ジュリアン・デュヴィヴィエの「AU BONHEUR DES DAMES」(1930)、そしてレオン・ポワリエの「LA BRIERE」(1924)なども上映されました。描かれる人物や風景、そして物語自体も、11月の冷たい霧のように深みのあるフィルムです。
日本の無声映画のプログラムは松竹の110周年を記念したものでした。素晴らしい上映作品を用意してくれた同社に感謝の念を惜しむ参加者はいないでしょう。いくつかの復元版の中でもとりわけ「不壊の白珠」(清水宏、1929)と「斬人斬馬剣」(伊藤大輔、1929)は美しい仕上がりでした。
「斬人斬馬剣」を絶賛していた人物といえばデイヴィッド・ボードウェルです。何パターンかの英題の1つに【MAN-SLASHING, HORSE-PIERCING SWORD】というものがあり、こんな題名の映画を見逃してなるものか、というのが彼の言でした。そして彼は確かに正しかった!月形龍之介の素晴らしいことといったらないのです。この作品は9.5mmからフレームをスキャニングして35mmにブローアップ復元したものです。私が知る限り、デジタル処理の度合いはそれほどでもなく、ごくベーシックなガタつき補正と少々の傷・パラの除去がなされたのみで、あちらこちらに古い世代のプリントの経歴が残されたままでした。ここでいう経歴とはもちろん、このプリントの経歴ということです。
一方、染色/調色に驚くべき技術を誇るプラハの現像所で復元された「不壊の白珠」は息を呑むほどの美しさでした。このようなフィルムを目にするのは生まれて初めての経験でしたし、いつの日か輝度の高い映写機を備えた劇場で再見し、その喜びを噛み締めたいものです。つまり今回の映写環境では画面が暗すぎたわけですが、しかしそのためにこの作品の素晴らしさが陰ることはありませんでした。
個人的には英語字幕版が上映されたことにひどく感激しました。2001年の映画祭では日本の無声映画の上映中、ヘッドフォンを使った同時通訳によって混乱させられることも度々だったのです。逆にがっかりしたことは弁士が登場しなかったことでしょうか。私がとても気に入った(数多の)作品の一つである『勝鬨』(1930、冬島泰三)などは、もし弁士が付いたらかなり面白くなったはずです。
どういうわけか私のお気に入りは朝一番に上映されることが多く、『限りなき舗道』(成瀬巳喜男、1934)、先に述べた『勝鬨』、『不壊の白珠』のいずれも上映開始は朝の9時半でした。そして待ちに待った『特急三百哩』(三枝源次郎、1928)もついに上映されました。とくに素晴らしかったのはギュンター・ブーフヴァルトによる音楽、そして何といっても蒸気機関車の数々!待った甲斐があったというものです。この作品はすぐにでもDVD化して販売されるべきではないでしょうか。鉄道ファンは大喜びに違いありません。鉄道ファンの数は侮れませんし、これだけ多種多様な蒸気機関車が一度に登場する映画が、ほかにどれほどあるというのでしょう!?
観客にとっては予想外だったであろう二つの出来事をここで紹介します。一つ目は『公衆作法 東京見物』(1925、文部省)の上映です。昨年とは対照的に今年のプログラムにはドキュメンタリーがとても少なかったので、そんな中で上映された数本はとりわけ注目を浴びることになったわけですが、中でもこの作品は観光という視点とユーモアが混ざり合い、異彩を放っていました。二つ目は『生さぬ仲』(1932、成瀬巳喜男)に出演している岡譲二の発見です。この役者が最初に現れた場面で、劇場にはとても静かなため息が漏れました。岡譲二はイタリアでも観客のハートを盗んだようです。
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