オーファン・フィルムとは何か?
2009/2/17 | filmpres | trackbackオーファンの定義として、3つだけ事例をあげてみましょう。1つ目は言うまでもなく、親を亡くした故のオーファンです。製作会社が倒産、あるいは監督が死亡してしまった場合、映画作家の遺産管理者は何を言ってくるでしょう。オーファンの置かれた状況について、一連の興味深い議論の口火が切られることになりそうです。同様に2つ目も欠かせない事例です。要約するとこうなります。たとえ両親が生存していても、年老いて子供の存在を忘れ、尋ねても「わからない」ことがあります。忘れられた子どももまたオーファンであり、一生オーファンであり続ける可能性が高くなります。その理由は後ほど述べるとして、3つ目は、両親が誰かわからないという事例です。製作者も監督も不明となると、これがまた興味深い事例の呼び水となるかもしれません。両親がどうやってもわからないことを知った誰かが、「私がこの子の保護者です。私のものなのですから私が面倒をみます。証拠もあります」と言い出したりします。証拠などありはしないのですが、そういった申し入れは実際にあります。これがいわゆる「パブリックドメイン」ということなのでしょう。
次に、両親が存命で、健康で若く裕福であるけれども、子どもの面倒はみない、という事例を考えてみましょう。どうして子どもに構わないかというと、ほかに面倒をみるべき可愛らしい子ともがいるからです。養父母は、背が高く金髪で青い目をした子どもをご所望です。しかし我々の手元にあるオーファンといったら、劣化が進行していて傷だらけのひどい有様です。「そんな子は願いさげ。ほかに出来の良い子がいるから、粗悪なオーファンはいりません」「では、イーストマンカラーの『風と共に去りぬ』のプリントはいかがでしょうか。傷だらけではありますが…」「いいえ、結構です。たとえ私が保護者だとしても、必要ありませんのでお引き取り下さい」。
中には、「プリントの状態は悪くないけれども、自分でインターネガをとって良好なプリントを作成済みなので、元素材は不要です」という人もいます。
「私こそ保護者であり、このオーファンを発見したのも私だけれど、家が狭くて子ども部屋を確保できません。どうか面倒をみてやってくれませんか?」というケースも少なくありません。だからこそ多くの映画会社が、アーカイヴの所蔵品について十分把握しているにも関わらず、プリントを取り戻そうとはしないのです。当面のあいだ養父母にオーファンの面倒をみてもらおう、という魂胆です。
最後に、強制連行されて労働を強いられてきたオーファンについても触れます。労働に耐えられなくなるときがオーファンとみなされるときです。映画会社は自分たちのフィルムだとわかっているのに、「さて、このフィルムであとどれくらい稼ぐことができる? 稼ぎもないのに家に戻しても仕方がないだろう」と考えます。製作した側が自分のフィルムであることを承知しているにも関わらず、オーファンにされてしまうのです。しかし近頃、価値観がシフトし、オーファンへの注目度が年々高まっています。そのため、いかにも役立たずのオーファンですらお金になることに映画会社は気付きはじめています。つまり、ストック・フッテージ・ビジネスこそがオーファン・フィルムという概念の台頭を促したのです。
以上すべてのカテゴリーに共通しているのは、同世代の兄弟姉妹が増えすぎてオーファンが排出されてしまうという実態です。母親はすっかり疲れ果てて命を落としていきます。この『マンハッタン』のプリントをみてください。 心霊写真のような画像ですが、かろうじて摩天楼と映画の題名が読み取れますね。誰かがどこかでこのフィルムの面倒をみてくれているはず、という思い込みから、誰も面倒をみない、ということが実際に起こります。チャーリー・チャップリンのいかなる作品を例にとってみても、例の如く膨大な数のオーファンが存在します。やはり、きっとどこかの誰かが保存しているだろうという見込み違いから、結果的には誰もオーファンに目を向けていませんでした。その証拠に、チャップリンの映画のナイトレート・プリントはアーカイヴの内にも外にもほとんど残っていません。
さて、オーファンにこれまで起こってきたことをある程度ご理解いただいたところで、オーファンの人生を語りたいと思います。その後のオーファンに何が起こったのでしょう。アーカイヴの側にしてみれば、親のある子どもよりオーファンのほうが発見しやすいようです。なぜかというと、誰もオーファン・フィルムを欲しないからです。1908年以来、映画会社が存続していて子どもたちの面倒を見ている限りは、フィルムは何であれ、あくまでも所有者のところに戻されるべきものです。確率的に、単独の場所で10本あまりのプリントが発見されたら、そのほとんどはオーファンでしょう。パブリックドメインか、あるいは両親が行方知れずの可能性が高いと考えられます。ほかにも、自分たちの子どもを素早く見分ける(赤ちゃんの首飾りのような)システムか何かを両親にあたる映画会社が構築したからこそ、オーファンになってしまうこともあります。例えばインタータイトル1枚1枚の中に会社のロゴを入れてみたり、ディズニー社のようにビンテージ・プリントの違法複製を見分ける方式を2、3採用していることもあります。
アーカイヴの内でも外でも、両親というのは気まぐれなもので、何年もしてから「やっぱり返して」と言ってきたりします。アーキヴィストなら誰にも思い当たる節があるでしょう。両親によっては、孤児フィルムの所有権を取り戻すためにアーカイヴに圧力をかけたり、嫌がらせをしたりすることもあります。アーカイヴの立場を正当化するために極めて効果的なのは、両親がやってくるまでオーファンの面倒をみていたのはアーカイヴであり、アーカイヴこそがオーファンを適切な環境に置き、保護してきたというゆるぎない事実でしょう。
最善の活用方法であっても、オーファン・フィルムの寿命を縮めてしまうことがあります。寿命が縮まるといえば、両親の虐待による損傷が最も致命的です。貧しさ故にオーファンの面倒をみるだけの資金を持たない両親とも、アーカイヴは関わりを持つことになります。
アーカイヴの外では、ホームムービーの事例がよく知られています。持ち主、両親、映画作家、プロデューサー、興行主らが、もう役に立たないから捨ててしまおうと決めたときから、あるいは、VHSテープにコピーしてオリジナルを処分しようと決めたときから、ホームムービーはオーファンになってしまいます。しかし良く知られているように、問題はそれだけではありません。それほど普及しなかった短命メディアを考えればおわかりいただけるでしょうか。別のメディアで既に存在しているフィルムのプリントは軽視されがちです。なぜなら、フィルムというメディアが最高のメディアであるという認識が必ずしも広まっていないからです。
復元されたフィルムには、次なる搾取の手が待ち受けているものです。復元したところでお金にならず、そのために資金提供者が現れないようなフィルムこそオーファンである、とも言えます。パブリック・ドメインであろうがなかろうが、こうした理由からオーファンはなかなか復元されることがなく、復元される可能性のほとんどないオーファンの一群も、相当数にのぼります。公共の組織も興味をもちませんし、個人の寄贈者も興味をもちません。興味の対象外である上に外国映画ともなると、現実はもっと厳しいでしょう。
さいごに、オーファンの中でもっとも恵まれないのは、判別できていない題不明のフィルムです。私の考えでは、アーカイヴにおいて、かなりの数の名もなきフィルムが忘れられた存在となっています。判別されていないフィルムはまぎれもないオーファンです。題名のない映画を閲覧するためにアーカイヴに出かけていく人などいません。普通は、みたい映画をみに行くのですから。判別できない映画をみることといったら、倉庫番号が間違っていて、うっかり別のフィルムが出庫されてしまったり、好奇心から暇をもてあそんで出庫してみたときくらいのものです。アーカイヴもさすがに、名無し映画の保存に費やす予算は持ちあわせていません。アーカイヴの中には、判別されていない映画や不完全な映画の復元には予算を用意しない方針を立てているところもあるほどです。オーファンは五体満足でなくてはならないのです。
ここまで述べてきたことだけでは不十分かもしれませんが、ついにオーファンの物語も中世デジタル時代、最終章に差し掛かります。デジタル時代は新たに未曾有のオーファンを生み出しました。デジタル時代のオーファンは1908年より前のフィルムと同様にオーファンである、という言い方もできます。所有者、プロデューサー、監督、アーカイヴがフィルムをデジタル・メディアに変換することによって、オーファンたちの存在価値は失われます。手を触れずにオーファンを収蔵庫に残そうとするアーカイヴは賢明でしょう。次なる形式のデジタル変換が新たに必要になるときこそ、オーファンたちの出番となります。変換作業の目的としては、商用利用または研究利用が考えられます。デジタル・メディアがあるのでフィルム自体に触れる必要がない、という考え方には確かに一理あります。何もデジタルが悪だと言っているのではありません。映像業界がプリントの作成を終えるとき、結果として残されるのは母一人子一人ではないかと考えられます。母親はカメラ・ネガで、子どもはカラー・セパレーション・ネガかCRIかインターネガ、あるいは、何も残らない可能性だってあります。
ここまで触れてきたのは、オーファン・フィルムの概念の少なくとも4つの側面です。(1)法的な定義。つまり、そのフィルムの所有者であることを法的に証明できる人物が存在しているかどうか。次に、(2)著作者の権利。映画作家が存命か否か。この定義は米国においては現在さほど意味を持ちません。次に著作権に関係なく、(3)孤児フィルムの物質としての定義。そして最後に(4)アーカイヴとしての定義。はじめの3つの定義が何であれ、アーカイヴの内部ですらオーファンと見なされるフィルムは存在しています。
アーカイヴの立場からいって、現在の我々はかつてないほどの重責を担っています。何しろ仕事で留守がちで、お金が必要なときしか迎えに来ないような両親を持つ、何百万というオーファン・フィルムを抱えているのですから。
私はフィルム・アーカイヴという名称は好きではありません。実際に現場で起こっている出来事を、そのような名称では表現し得ないからです。むしろフィルムの孤児院と呼んではどうでしょうか。いっそ改名も悪くないと、私は考えています。
(翻訳:石原香絵)
©Paolo Cherchi Usai “What is an Orphan Film? Definition, Rationale and Controversy”
パオロ・ケルキ・ウザイ Paolo Cherchi Usai
1957年生まれ。ジョージ・イーストマン・ハウス L.ジェフリー・セルズニック映画保存学校及びポルデノーネ無声映画祭の創設者の一人。2007年、著書「The Death of Cinema」(BFI 2001年)を映画化した『Passio』を監督。近著に「David Wark Griffith」(2008年)がある。元オーストラリア国立映画音響保存所所長。2009年現在、ハーゲフィルム財団の設立準備中。
Pages: 1 2
