jump to navigation

オーファン・フィルムとは何か?

2009/2/17 | filmpres | trackback

本稿は、パオロ・ケルキ・ウザイ氏が当時ジョージ・イーストマン・ハウス映画部門の代表という立場で、「嵐の孤児シンポジウム:デジタル時代の”オーファン・フィルム”救済」(1999年9月23日/サウスカロライナ大学)において発表したものです。FPSによる翻訳及びウェブサイトへの掲載許可をご本人よりいただきました。文中の図は、日本語版のためにFPSが独自に制作したものです。

オーファン・フィルムとは何か? ―定義、論拠、論争

パオロ・ケルキ・ウザイ

私の職場であるジョージ・イーストマン・ハウス(www.eastmanhouse.org)で2年前に起こった出来事をお話しさせてください。ある日、通用口の扉を開けると、几帳面に3列に積み重なった何缶ものフィルムが目の前に置かれているではありませんか。石を重しにした名前のない置き手紙には、「どうか面倒をみてやってください。私はサウスカロライナに引っ越すことになりました。フィルムたちが何かのお役に立ちましたら幸いです」とあります。どうやら1920年代の16mmプリントがアルファベット順に並んでいるようです。フィルムは泣き叫ぶでもなく、健康状態も良好のようなので、館内に運び入れて登録係のところまで連れて行くことにしました。よく調べて、映像アーカイヴとして何がしてあげられるか検討するためです。

これぞ典型的なオーファン・フィルムの一例。 これ以上オーファンらしいオーファンもないでしょう。

私が知る限り、「オーファン(孤児)フィルム」というフレーズを初めて公の場で使用したのは、デイヴィッド・フランシス(※)です。1993年、米国映画保存計画についてのロサンゼルス公聴会の場でした。このときまさに、オーファン・フィルムという言葉が正式にアーカイヴ用語兼学術用語となったのです。デイヴィッド・フランシスが生み出した数知れぬフレーズの中でも、オーファン・フィルムというのは印象的なだけでなく、実にわかりやすく、余計な説明を要しません。また、感情的な共感を呼びやすくもあります。フィルムについてさほど詳しくなくても、「まあ、なんて可哀想なフィルムたちなんでしょう」という気持ちにさせられた誰かが救済資金の提供を申し出てくれる可能性は、大いにあります。

※デイヴィッド・フランシス
元英国映画協会 国立フィルム&TVアーカイヴ代表。米国議会図書館映画放送録音物部チーフ(1991-2001)。

資金提供者には想像もつかない、いや我々ですら軽視しがちなことではありますが、一般に広まった「オーファン・フィルム」という言葉には、実は複雑に入り組んだ裏事情があるのです。それをこれから簡単にご説明しましょう。まず、道徳的なディケンズの小説やオーファンが主人公の物語の登場人物を引き合いに出しますと、主人公であるオーファン、母親が一人、そして複数の父親。母親にあたるのがオーファン作成の元となった原版、複数の父親にあたるのが悪徳プロデューサー、映画監督、アーカイヴとお考えください。度々言及することになる「両親」とは、そのプリントの原版、プロデューサー、監督、アーカイヴを指します。

さて、一般的に我々がオーファン・フィルムと呼ぶところのものは、極めて単純です。先ほどカレン・ラウド(米国議会図書館デジタル・ライブラリー)が、オーファン・フィルムを「パブリックドメインにある無声映画」と定義しましたね。いみじくも、ディケンズが言うところの「哀れなものは語りもせず」です。全米映画保存基金のアネット・メルヴィルによると、オーファン・フィルムとはニュース映画、無声映画、アヴァンギャルド作品、ドキュメンタリー等々、営利を目的とした復元の蚊帳の外にあるフィルムを指します。

何れも間違いではありませんが、そのような定義は巨大な氷山のほんの一角に過ぎません。オーファン・フィルムとは何なのか、共通認識を持つには、まず「オーファン」の意味についてのコンセンサスを探るべきではないでしょうか。では、本の頁を捲るように歴史をひも解いてみましょう。この小説の第一章は「すべてのフィルムはオーファンでした」という一節で幕を開けます。どうして「すべてのフィルムはオーファン」だったかというと、当初、フィルムは売買の対象だったからです。オーファンの売買は映画の誕生と共にはじまり、1908年の夏まで続きました。映画会社はフィルムをこしらえ、プリントを焼き増しして販売しました。プリントの運命は購入者にすっかり委ねられていたので、そのオーファンを切り刻もうが、使役を課そうが、新たなフィルム製作に利用しようが、好き勝手なことができたわけです。売り払った後のプリントに何が起ろうと、売った側は知らぬ存ぜぬを決め込んでいました。しかし、転機は訪れたのです。オーファンを使ってもっと儲ける術があることに気づいた映画会社、フィルム製造業者、配給業者、映画館関係者らの団体は、売買の慣習に終止符を打ちます。オーファンを売りに出す代わりに貸し出そうというのです。オーファンのレンタル開始。1908年という年を記憶にとどめておきましょう。引き続きフィルムを上映することはできても、1908年を境に、上映が終わったら親元へ帰さねばならなくなりました。万一帰してやらないと、ちょっとやっかいなことになります。

これが最初の分水界といえるでしょう。1908年より前に製作された映画はオーファンとみなして間違いありません。パテ社であろうが、エジソン社であろうが、バイオグラフ社であろうが、どの会社の映画も残存率は似たようなものです。後に、業界はざっくり2分割されました。商魂たくましい、つまり何が何でも子供たちを家に戻したがる両親と、子供の面倒はみるかもしれない、みないかもしれない、検討くらいはするかもしれない、しばらく時間がたったら取り戻すかもしれないけれど、子供たちがあまりに遠くに行ってしまったら去るものは追わず、という態度の両親です。後者の例として、アラスカ州のドーソン・シティーに送られたフィルムがあります。返却されることなくスイミングプールの埋め立てに使用され、60年ものあいだ地中に眠っていました。

いずれにしても、いわゆるオーファン現象を誘発するのは、私が名づけたところのオーファンの人口爆発です。人口爆発の原因は、映画会社が配給用に膨大な数のプリントを作成したことにあります。両親は、いったいどれだけのオーファンを世に出したでしょう。数字の幅は0から数百まで考えられます。場合によっては、ネガが作成されただけで、結局1本のプリントも作成されなかった、ということもあります(アメリカン・ミュートスコープ&バイオグラフ社の作品にそのような例が見受けられます)。平均的には80~120本のプリントが作成され、大ヒット作のプリント数は数百本に上りました。映画がまだ完成してもいないのに130本ものコピーが先走って予約されたチャップリンの作品もあったほどです。

人口爆発について詳しく描写する代わりに、ごく簡単な図を使って発生経緯をご説明しましょう。

3287070577_d58be1fec2.jpg

議論を進めるために、皆さんがご覧になっている図Aにあたるのが母親、つまりこの映画の原版(オリジナル・ネガ)で、この母親から1915年、9人の子ども、つまり9本のプリントが制作されたとします。長年この第一世代にあたるプリント9本は、次世代を生み出す元素材として使用されました。プリント3が1931年に使用されたとします。本来は染色と調色が使用されていましたが、1931年にプリント3を使用して再作成された新たなインターネガBは、白黒のサントラ付フィルムでした。このBから5本のプリントが生まれました。1948年になって、プリント11を発見した誰かがもう1本のインターネガCを作成し、3本のプリントが生まれました。プリント作成の理由はこの際無視しても構いません。1952年、プリント13を入手した別の誰かが、1948年版のCの作成者に内緒でもう1本のインターネガDを作成し、そこからさらに5本のプリントが生まれました。しばらく何の動きもありませんでしたが、1978年、あるフィルム蒐集家が第一世代のプリント8を発見し、16mm縮小ネガEを作成しました。このときは、オリジナルの染調色が代替技術で再現されました。こののEから生まれたのが、プリント23とプリント24です。

アーカイヴの立場から問題となるのは、所蔵しているプリントが図の中のどれに当たるのかという見極めです。ここでは仮にプリント22としておきましょう。ジョージ・イーストマン・ハウスはこの作品のプリント22を所蔵しています。22以外はすべて行方知れずのようなので、オーファン22を保護し、傷の治療を施し、面倒をみます。これでオーファンにとって、もっとも相応しい居場所が与えられたと思いたいところです。成り行き上、少なくとも23本のオーファンに加えて、形状の異なる5本のオーファンが誕生しましたが、アーカイヴはそのほかのプリントがまるで存在していなかったかのように捉えがちです。別のプリントが偶然見つかって、2本を比較検討してみれば、より状態の良い新たなオーファン登場となるかもしれません。そうなると、はじめのオーファンの存在は視野から消えてしまうようです。

図にまつわる日付のことは忘れて、ある日付より以前に世に出たプリントに目を移しましょう。ある日付とは、パブリックドメインのフィルムが著作権の保護下に入った日付です。あるいは、フィルムの著作権が更新されなかったと仮定しましょう。その場合、すべてのプリントはオーファンはオーファンでも、少々意味合いの異なるオーファンといえます。誰も法的所有権を主張しないオーファンに、保護者は私です、と権利を振りかざす両親はいないのです。この概念は複雑です。フィルムがパブリックドメインにあるか否かに言及したところで、現実のごく一部を説明しているに過ぎません。

Pages: 1 2

Archives

Feeds