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ボランティア・プロジェクト:タイ国立フィルム・アーカイヴにて

2005/11/10 | admin | trackback

活動報告

1週目:5月9日〜13日

作業場を片付けてNFA所蔵のナイトレート・フィルムを巻き取るというのが1週目の計画だったのですが、以下の2つの理由からすぐさま変更を強いられました。

作業場(片付け前)まず、過去1年の間に膨大な量のフィルムがアーカイヴに届けられたため、それらのフィルムの処理がすっかり滞っていたのです。これは私の滞在中に片付けねばならない仕事となりました。

作業場(片付け後)次に、ドーム・スックウォン(NFAの創設者)から直々に、私の到着と同時にここで仕事をはじめることになった新人にインスペクションの基礎とフィルムの扱い方を教えてほしいと頼まれました。新人スタッフのチャオは映画学科を卒業したばかりの、アーカイヴの仕事に興味津々の女の子でした。ほかのスタッフに比べて英語が流暢だったので、通訳としても働いてもらうことにしました。私の滞在期間中ずっと彼女がいてくれたらどんなに助かったかわかりません。しかしそういうわけにもいきませんでした。もし彼女がずっといてくれたら、ほかのスタッフともっと情報交換ができたのに、と残念に思います。実際、アーカイヴ内の現像所で働く計画は、通訳を見つけられなかったため、あきらめることになりました。

そういうわけで、まずはチャオと私が一緒に働くためのスペースを確保しました。たいていのアーカイヴでは、次々に届くフィルムが山となって仕事場を占拠しているので、作業場を確保するのも一苦労です。ビネガー・プリントやカビの被害を受けているフィルム専用の部屋が、実際はその目的のためには使われていなかったので、作業場に転用することに決めました。通気性に優れていることもあって都合が良かったのです。

2週目:5月16日〜20日

総理府広報局 (PRD)アーカイヴ&博物館部門にて

バンコクの放送博物館。開館は2005年5月11日今から5年前にアーカイヴ&博物館部門を創設したのはカニーカ・チヴァパックディーというアーキヴィストです。彼女が並々ならぬ情熱によって、PRDは歴史を守ることの重要性を理解するようになりました。この部門が面倒をみているのは83のラジオ局と11のTV局です。

私は、ここでインスペクションとフィルムの扱い方の基礎を教えて、アーカイヴの将来についてアドバイスを与える先生役を請け負いました。現状ではフィルムは収集・保管されてはいますが、それ以上のことは何もなされていません。初期的な所蔵品リストはいくつかありましたが、改編されていません。ですから確かにコレクションは存在するものの、「アーカイヴ」と呼べるような組織ではないのです。全体のコレクションの中でフィルムの占める割合はそれほど高くはなく、核となっているのはLPレコード、ユーマティック・テープ、スライド・フィルムなどです。データベースの構築はボランティアの力によって既にはじまっていました。私の滞在の終盤になって、データベースとカタロギングのためのミーティングを改めて開いたのですが、以後、何かの役に立っていることを願うばかりです。アクセス機能を高めれば、この組織の認知度も必ず高まるでしょうし、それによってこの部門自体の地位が引き上げられるはずです。

まず、どのような機材が所蔵されているかを初日に調べて、足りないものを把握しました。次に買い物です。午後は掃除、それから作業場のセッティング。火曜に映画保存の概論とフィルムの扱い方を教え、水曜と木曜にはフィルムの巻き取りをしました。3名のスタッフが参加し、通訳はチャオが引き受けてくれました。3人とも映像素材を扱った経験は皆無でしたから、3人のうちせめて1人でも、NFAか、あるいは SEAPAVAAを通すなりして、これからもフィルムの勉強をてほしいという私の希望を伝えました。

3週目:5月23日〜27日

通訳のチャオがNFAでのドキュメンテーション関係の仕事でバンコクに戻らねばならず、私は手つかずのフィルムの調査に取り組むことになりました。ここぞとばかりにドームとトング(フィルム技術者)が、ひどく劣化した危険なフィルムを私に用意してくれました。まずは70年代の35mm劇映画でした。かなり痛めつけられた上に退色も進行しているプリントでしたが、とにかく現存する唯一のプリントです。23日が祝日だったこともあって、1週間はあっという間に過ぎてしまいました。週末になって、私の滞在期間の終わり頃に2日連続のワークショップを開催することが決まりました。NFAを助けるためにボランティアで働くことを希望している人たちが、その対象となりました。

4週目:5月30日〜6月3日

ビネガー専用室はごく一般的なインスペクション作業室へと変身しました。インスペクションの担当者は、ほかに仕事があって席を空けていることが多いので、常に作業台が一台は空いている状態でした。そこで私はその台で作業することにしました。ほかのスタッフと同じ部屋で働けるなら好都合です。その台で16mmフィルムのインスペクションを続行しました。火曜に調査したのは、1997年製作の「THE KING OF MUSIC」という作品。この映画のプリントは34本も寄贈されていました。王族に関係する大切な作品ということで、優先して作業にとりかかったのですが、そうはいっても収蔵スペースが限られていますから、状態のもっとも良い3本だけを残すことにしました。

この作品の最初のリールを調べていたときに、これまでに経験したことのないような劣化に出くわしました。

乳剤面にはピンク色の層がアグファのエスターベースを使用したフィルムが、巻き取っていくうちにぼろぼろと崩れ落ちてしまったのです。このため、すべてのプリントの1巻目だけを素早く巻き取って、もっともコンディションの良いプリントを3本選び、それら状態の良いものは後でじっくり調べ直すことにしました。しかし結局3本を除いて、残りすべてのプリントにこの不可思議な劣化が起こっていました。状態の良い3本はコダックの1997年製造のエスターベースで、劣化の兆候はいっさい見受けられません。乳剤面にはピンク色の層が形成されていて(映写油のようでもありましたが、成分は不明です)、部分手に赤い斑点も見つかりました。すべてのプリントはまったく同じ環境に置かれていました。窓が多く、エアコンもないバンコクのアーカイヴ内の保存庫は、気温も湿度もきわめて高く、言ってみれば、わざわざ劣化を進行させるために用意されたような環境です。シアン層が退色しているため、という可能性もありますが、詳しくは現在調査中です。サンプルとしてこのフィルムをオーストラリアのミック・ニューナム(スクリーンサウンド・オーストラリアのアーキヴィストで、映画保存技術の世界的権威)に送り、原因を究明してもらっています。

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映画保存協会(FPS)は、映画フィルムを文化財として保存する活動に取り組んでいるNPO=特定非営利活動法人です。

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