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[復元報告]特急三百哩 よみがえった幻の鉄道映画

2004/9/18 | filmpres | trackback

京都映画祭レポート

復元された『特急三百哩』は、2004年9月、第4回京都映画祭のオープニング作品として晴れて公開されました。ここではその当日の様子をお伝えします。

所属する映画保存研究会StickyFilmsが復元に関わった無声映画が上映されるため、9月18日~20日まで京都へ行った。 その映画の名は『特急三百哩(マイル)』。1928年(昭和3年)の日活京都作品。大阪のプラネット映画資料図書館にあったフィルムを、大阪芸術大学の太田米男先生が主導して復元した。この映画が、第4回京都映画祭のオープニングでついに上映されるのだ。

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9月18日、土曜日の夕方の京都。9月にしては蒸し暑い夕方。StickyFilmsのメンバーと私は京都駅にいた。京都駅の中央口コンコースをエスカレーターで登ると、そこは室町小路広場。4階のこの広場から11階の大空広場まで、空に続くような171段の大階段が今回の客席である。まるで『戦艦ポチョムキン』(1925)のオデッサの階段のようだ。しかし、今日は映画のお祭。残虐な政府軍も泣き叫ぶ市民も、もちろんいない。あるのは、前座のジャズライブで楽しく踊る小さな女の子。期待に胸を膨らませた熱烈な映画ファン。老夫婦からカップルまで、みんなが映画が始まるまでの宵を楽しんでいる。日が暮れて、すっかり辺りが暗くなった京都の夜の7時。『特急三百哩』の上映がついに始まる…と思いきや!映写トラブル。なかなか映像がスクリーンに映らない。ドイツ人伴奏者のブーフヴァルト氏も不安げに後ろを振り返り、映写機を見つめる。観客からは「早くしろー」と声。嬉しいじゃないの、待ちわびてくれるなんて。

およそ5分の沈黙のあと、タイトルがスクリーンにふわりと浮かぶ。協力のクレジットに「スティッキーフィルムズ」の文字が…!思わず叫びたくなるがそこはガマン。本当のオタノシミはこれから。

そして、映画は静かに始まった。

そして、映画は静かに始まった。昭和初期からずっと目に触れることはなかった。「キネマ旬報データベース」にも掲載されていなかった。湿気と埃にも耐えてきた。歴史からずっと忘れられていた映画が、今、やっとまた光を浴びる。

ブーフヴァルト氏はピアノとバイオリンとビオラを使い分けて、機関車の暴走からサーカスに売られた哀しい女の涙まで、幅広く表現した。アップテンポのパッセージ、緩やかなレガート、バイオリンのピチカート。さまざまな音が、映像にみるみる命を吹き込む。

日本ではもう見られないというSL機関車が煙を上げて、奥から走ってくる。ホームに滑り込む。行き交う人びと。リュミエールの『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895)を思い出す。映画が発明されたばかりのあの時は、列車に驚いて逃げ出す観客もいたというが、今は逃げ出す人など、もちろんいない。布を広げた野外のスクリーンで、映画が発明された時と同じような映像を目にしても、今はもう21世紀。なのに、もっともプリミティブな映画体験。

古い映画を守ろうとする中で、映画の最初に行き着くとは。

映画が本来持つ魅力

300mile03.gif私はすでに、『特急三百哩』をビデオで2、3回見ている。実は、正直に白状すると…この映画は前半の機関車暴走シーン以外、あまり面白くないと思っていた。ヒロインを追ってくるサーカス団長とのサスペンスも中途半端だし、島耕二も大してカッコよくない。滝花久子もあまり華がない。 しかし、これらはすべて私の誤解だった。家の小さいテレビなんかで見たからそう思ったのだ。主人公の機関士役の島耕二。後に日活多摩川から香港のショウ・ブラザーズまで、95本の映画を撮る監督となった彼は、こんなにも頼もしい男だったか。ヒロインの滝花久子。『五人の斥候兵』『土と兵隊』の監督、田坂具隆夫人といった方が有名かもしれないこの日活の女優は、こんなにも可憐で守りたくなるような女性だったか。島耕二の下宿屋のおやじさんやおかみさん、子役まで、こんなに生き生きと動いていただろうか。

大きなスクリーンと光を放つ映写機。この二つがなければ、映画が本来持つ魅力は引き出されないことに、私は改めて気付いた。同じ映像なのに、なぜ“映画”は“スクリーン”で見ると、こんなに画が深く、ダイナミックなテンポが生れるのだろう。奇術と言われて見世物から始まった映画は、やはり光のマジックだった。技術や理論で説明できない何かが映画にはあるということは、今までいろいろな人の話や読物で知ってはいたが、実体験するのは初めてだった。

デジタルやCGなど映画技術の発達はもちろん歓迎しよう。しかし、それはきっと表面だけのこと。映像の下に潜む光の魔物は、きっと1928年の昔からずっと変わっていないんじゃないだろうか。

「映画って、何が楽しい?」

カッコいい俳優、惚れ惚れする女優、胸ときめくラブロマンス、危うい気分のエロス、心臓バクバクしっぱなしのスリル、涙が自然に込み上げる感動ストーリー…十人十色の思いがあるだろう。

その思いを持つ時、あなたは前を向いてスクリーンを見ている。だけど、時々、後を振り返ってほしい。埃がチラチラ舞う光の根っこを。カメラの奥にあるセルロイドの帯を。その帯に記憶されたさまざまな人々の思いを。笑い、涙、怒り、寂しさ、喜び。色とりどりの思いを生み出すフィルムの存在を。

82分にわたる機関車大暴走の映画は、大きな拍手を貰って上映を終えた。

300mile02.gif『特急三百哩』は二度、生まれた。一度目は1928年の製作時。二度目は、忘却という川の底から拾い上げられ、再び蘇った2004年の今だ。この映画は本当に運の強い作品だったのだろう。長い間、コンクリートの階段に座っていたせいか、お尻が痛い。でも、その痛みも心地よい。楽しい映画だった。いい映画だった。映画はそれで、充分だ。上映が終わり、スクリーンの白い布は次々と取り外されていく。映画復元のお祭りは終わった。ふと目を向けると、駅の建物の隙間から、京都タワーがぼんぼりのように、柔らかく光っていた。

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