はじめて物語番外編 「映画の里親」
2007/3/2 | nakagawa | trackbackいざ復元
P:実際の復元作業は現像所にお願いします。「モダン怪談」の場合は、日頃からお世話になっていて、これまでにも古いフィルムの復元で実績のある育映社さんにお願いしました。
F:今田長一さんのインタビューを僕も読みました。百戦錬磨の職人さんにお願いすればあとは安心ですね。
P:でもフィルムを預けてそれでおしまい、というわけではないんです。
F:あれ、そうなんですか?
P:ネガ→ポジ→ネガ→ポジ→……これを繰り返していくのが映画の「複製」です。方や「復元」とは、その作品が最初に公開されたときの状態に限りなく近い状態で蘇らせることだと私たちは理解しています。いくら技術が発達したからといって、本来白黒のフィルムを勝手にカラー化したり、まったく新しいサウンドトラックを加えたりすることは、技術的にはさして難しくないのだけれど、作品本来の姿や監督の当時の意図を知ること、つまり復元することにはなりません。
F:じゃあ、何も手を加えないほうがいいってことですか?

P:基本的には。ただ、復元作業の中でも様々な工夫は必要です。例えばフィルムをクリーニングしたり、16mmから35mmにブローアップをしたり、傷を消したり、音付きのフィルムであればノイズを消したり。もとの姿に近づけるための努力は欠かせません。但し、現在の復元技術も完璧なわけではないんです。ですから、近い将来新しい技術が開発されたり、復元の哲学や倫理(S1)に何か変化があったときに、もう一度復元してみたい、と思うことがあるかも知れませんよね。そのときはまたオリジナル素材から復元し直すわけだから、復元の工程はすべて詳細にわたって記録を残しておくこと、そして、つねにオリジナルに立ち返ってやり直しができる状態にしておくことが肝心です。
F:映画保存には終わりがないわけですね……
P:「モダン怪談」の場合は、35mmという劇場用にもっともふさわしいフォーマットで、傷が少しでも消えるような方法(S2)によって復元をするということになりました。ほかにも、冒頭にはFPSのロゴと、里親さんのお名前をクレジットすることにしました。仕上がりの希望はどんな感じなのか、しっかり意思を伝えないと現像所の人も困ってしまうでしょう?

F:僕にそんな大役が務まるでしょうか?
P:現像所の職人さんは、お客さんの希望に少しでも近づけよう努力してくれます。わからないことがあれば、わかるようになるまで相談しましょう。「モダン怪談」のプリントからはエンドマークが失われていたので、冒頭の里親さんのクレジットと同じフォントで「完」を追加しました。そのようなちょっとしたことも、復元倫理をじっくり考えるきっかけになります。
F:色々と工夫を重ねれば、その分、お金もかかるんですよね。
P:そうですね。現実には資金も未曾有にあるわけではないので、慎重に進めなくてはいけません。
F:ふう。思った以上に決めごとが多いなあ。ここまで苦労したら、思い入れもたっぷりでしょうね。
P:そうなんですけれど、私たちはフィルムを集めているわけではありませんし、上映日が決まっているなら、復元版はその期日までに納品しなくてはいけません。一端手を離れてしまったフィルムは、観客のものです。今回の場合は東京国立近代美術館フィルムセンターさんが同じく斎藤の特集を企画していたこともあって、すぐに収蔵先として決まり、無事上映もされ、多くの映画ファンの目にこの作品がふれることとなりました。上映日には里親さんも駆けつけてくださったんですよ。
F:僕もみたかったなあ。
P:条件を満たせばプリントの貸出しも不可能ではないようなので、東京に限らず各地で映画ファンを喜ばせてくれるのではないかと、今後の展開を楽しみにしています。
F:次の里親作品もまたフィルムセンターで上映されるんですか?
P:そういうわけではありません。「モダン怪談」は監督の生誕100年に重なりましたが、次の作品はどうなるでしょう。その作品にゆかりのある団体に引き取ってもらったり、映画祭などで華々しくお披露目上映できたらいいなあ、とは思いますけれど。とにかく様々な方向にアンテナをはりめぐらせていくつもりです。
F:僕も祖父が残した中に映画ファンが喜んでくれるような作品があるなら、ぜひ大きなスクリーンで、一人でも多くの人にみてもらいたいと思います。
P:そういってもらえると嬉しいです。大きなスクリーンに蘇った幻の映画を観客の一人としてみていたら、ふと最初に届いたフィルムの状態を思い出しました。錆びた缶のなかに頼りなげにおさめられたまま長い間眠っていた作品が、今たくさんの人の目の前に蘇っていると思うと、またそのために多くの人の情熱が込められていると思うと、この仕事にとても大きなやりがいを感じましたよ。
F:これからも続いていくんですよね。
P:もちろんです。「映画の里親」プロジェクトは、これからも毎年1本程度のペースで続けていこうと考えています。復元の過程を経験することで私たち自身も多くを学んでいます。猫の手も借りたいくらい忙しいので、映画保存について勉強して、このプロジェクトに参加してくれる人が増えてくれたら嬉しいのですが。Fくんにも手伝ってもらえないかなあ。
F:僕もその輪の中に加わりたいような気がしてきました。でもちょっと心配なことがあるのですが……
P:何ですか?
メモ
S1:映画保存の哲学/理念はユネスコが成文化しています。Ray Edmondson著「Audiovisual Archiving: Philosophy and Principles」。FIAF(国際アーカイヴ連盟)の倫理規定も、映像アーカイブで働く専門家たちのバイブルとなっています。より細分化されたテーマでは、AMIA(映像アーキウ゛ィスト協会)のメーリングリストなどで日々議論が続いています。残念ながら日本国内にはまだそのような動きはありません。
S2:フィルムと同じ屈折率を持つ溶剤にフィルムを浸した状態で焼き付けることによって傷が焼き込まれないようにする、ウエットゲートプリンティングという技術が使われました。
