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『モダン怪談100,000,000円』の発見

2006/1/1 | admin | trackback

斎藤寅二郎(1905-1982)は日本映画市史上随一の〈喜劇〉の人である。

日本の喜劇映画における昭和初頭の揺籃期から戦後の成熟期にかけて、斎藤は監督としてつねに第一線で活躍し、《日本の喜劇王》《喜劇映画の神様》といった輝かしい称号とともにその名を映画史に刻んだ。

『モダン怪談 100,000,000円』より斎藤達雄、松井潤子戦前戦後を通じて斎藤が世に送り出した作品は200本を超えるが、その天才的な喜劇センスが最も光彩を放ったのはいわゆる「蒲田ナンセンス」時代のサイレント作品であると言われる。ときの松竹蒲田撮影所長・城戸四郎は後の回想において、「斎藤のはテンポがある、タッチがフレッシュだ。コスチューム・プレイなんかでも、かなりおもしろいものがある。それから肝心なのはアクションだ。アクションの畳み込みがうまい。そういういくつかの点で、彼のナンセンスものは成功した。いまでも彼の喜劇は、他の追随を許さぬものがひらめいている」と斎藤に惜しみない讃辞を送っている*1

しかし、高い評価にもかかわらず斎藤のサイレント作品はほとんど残されていない。現存するのはわずか3本、もとはサウンド版で製作された傑作『子宝騒動』(1935年)、喜劇ではない『明け行く空』(1929年)、そして近年「発見」され海外でも話題を集めた『石川五右ヱ門の法事』[パテベビー短縮版](1930年)だけである。われらが〈喜劇〉の人は、そのフィルムの運命においては他の多くの映画監督に漏れず〈悲劇〉の人だったのである。

ところが、斎藤の生誕百年という記念すべき年に4本目のサイレント作品が姿を現した。このたび私たち映画保存協会が発見した『モダン怪談 100,000,000円』[松竹グラフ短縮版](1929年)は、斎藤の現存する最古の喜劇作品である*2。映画保存協会とは映画保存に興味を抱く学生や社会人が寄り集まってつくった市民団体で、「ホームムービーの日」等のイベント開催やウェブサイトによる情報発信を通じ、映画フィルムを文化財として保存する社会の実現を目指している。なかでも8mmや16mm(ときに9.5mm)といった小型映画の調査には力を入れており、今回の『モダン怪談 100,000,000円』のフィルムもある地方の旧家に眠る小型映画の調査中に偶然見つかったものである。

フィルムは旧家の蔵の中で350巻ほどの16mmや8mmのコレクションとともに眠っていた。昭和初期、娯楽に乏しかった地域で上映会を開くために映写機や小型映画のフィルムを買いそろえたのがコレクションの始まりであるという。コレクションの中には喜劇のほかに時代劇やアニメ、ホームムービーもあり、コレクター的な嗜好が感じられないかわりに、子どもからお年寄りまで楽しめるラインナップになっている。そして、それらホームムービーのなかでしばしばヒロインを演じたこの旧家の令嬢、すなわち現在のフィルムの持ち主が、コレクションのなかにとっておきの喜劇があると教えてくださった作品が『モダン怪談 100,000,000円』であった。

見つかったフィルムは1930年頃に「松竹グラフ」という商品名で市販されていた16mmの短縮版。200フィート缶2巻に正味365フィート・約15分(16fps)の映像が収められていた。

物語は、両親に結婚を反対されて家を飛び出した令嬢(松井潤子)とその恋人(斎藤達雄)が、彷徨い込んだ赤城山でご当地ゆかりの国定忠次の埋蔵金騒動に巻き込まれ、忠治の幽霊(小倉繁)との対決の末に埋蔵金を手に入れてめでたく結婚を許されるというナンセンス恐怖劇。

そもそもこの作品は蒲田撮影所が募集した懸賞脚本「モダン怪談」の一等当選作品を池田忠雄の脚色により映画化したもので、封切り当時の評価は「従来、懸賞募集脚本にいいものがないように、これもつまらないものである。ただともかく見ていられないことのないのは脚色と監督と俳優の力であろう」(北川冬彦)と決して芳しくはないのだが、「見ていられないことのない」よう一定水準の作品へとなんとか押し上げた「脚色と監督と俳優の力」を認めている点は押さえておきたい。逆に言えば、これはできあがった作品が元の脚本からどれだけ自由であったかということではないだろうか。長身の斎藤達雄が生い茂った薮をかきわけて進めば当然のようにいい位置に生えていた小枝に頭をひっかけ、いかめしい面をした令嬢の父(坂本武)が目を閉じて木魚を叩いて念仏を唱えればいつのまにか木魚ならぬ隣りに座っている妻(吉川満子)の頭をぽくぽくと叩いてしまう。物語の本筋とはまるで無関係に成立してしまう、これら理屈抜きに吹き出さずにいられない即物的なギャグの応酬こそが、物語にとって意味がない、という意味での〈ナンセンス〉であるならば、元の脚本からの逸脱は斎藤のナンセンス喜劇にもとから織り込み済みのことであったにちがいない。

見つかった16mmフィルムから上映用の35mm復元版を作成する作業は、小会がいつもお世話になっている育英社に依頼した。また復元にあたっては、《映画の里親》というこれまでにない新たな取組みを試みた。復元対象作品の「里親」となってくれる方を広く一般に募って復元資金の協力を願い、復元版に里親名をクレジットさせていただくというのが《映画の里親》の基本的な仕組みである。これには資金確保だけではなく、より大きな別の狙いがある。復元版を観る人はクレジットを通じて作品の復元に里親の理解と協力が不可欠であったことを知らされる。一般の観客や映画ファンからは見えにくい映画保存への努力の存在を《映画の里親》のクレジットは見えるものにしてくれるのだ。

『モダン怪談 100,000,000円』の里親は、《映画の里親》の門出にふさわしくすばらしい方々に決まった。三人の「斎藤」さん、すなわち斎藤寅二郎監督の三人のご子息が名乗り出てくださったのである。斎藤はじぶんの作品についてこう書き残していた。「斎藤喜劇のおもしろさは、文章には書けない。いくら上手に書いても、画になったものには遠く及ばない。ギャグ、ナンセンスの保存は、フィルムそのものしかない。その肝心のフィルムが現在ないということは私にとってこの上なく淋しいことである」*3。その父親の百歳(!)のお祝いに、息子たちが力を合わせて幻のフィルムをよみがえらせるとは、何でもアリの《喜劇映画の神様》にしたってあまりに素敵すぎる演出である。果たして〈喜劇〉の人は〈奇跡〉でもあったのか。これを読んだ人もぜひ、みずからの目でその〈奇跡〉を確かめに会場へと足を運んでいただきたい。

※この文章は2005年の「NFC NEWSLETTER 9」に発表したものを一部修正したものです。

  1. 城戸四郎『日本映画伝—映画製作者の記録』(文藝春秋新社、1956年) [back]
  2. 2007年4月現在 [back]
  3. 斎藤寅次郎『日本の喜劇王—斎藤寅次郎自伝』(清流出版、2005年) [back]

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映画保存協会(FPS)は、映画フィルムを文化財として保存する活動に取り組んでいるNPO=特定非営利活動法人です。

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