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増幅する『メトロポリス』に関するノート

2006/9/7 | admin | trackback

いいものが残るとは限らない

『メトロポリス』の3つのネガには何が起こったのだろうか。1934年3月、帝国映画院の依頼を受けて、ウーファはテンペルホフ・フィルム・アーカイヴに保存していた無声長編劇映画のリストを作成した。*1 その中で言及されている480タイトルの映画の中に、中間字幕を除外して2,589メートル(8,544フィート)9巻のネガと記述された『メトロポリス』のコピーの名前も見られる。フィルムの長さから、これはオリジナルヴァージョンの『メトロポリス』のネガではないことがわかる。オリジナルは4,189メートルの、明らかにより長いものだった。最良の場合を考えれば、このネガはウーファが1927年の夏に配給したドイツでの2番目のヴァージョンと一致することになる。パラマウントによる短縮版をほぼモデルにして編集を行った、中間字幕を含めて3,241メートルのヴァージョンだ。リストに言及されているこのネガにその後何が起こったのかはまだはっきりしていない。多分ウーファが所有するものとして第二次世界大戦の終わりに接収されたのだろう。実際このネガは、1950年代の初頭に西ドイツでウーファが再編成された際、その所有物として再び姿を見せている。1962年戦後ウーファの倒産にあたり、残っていたネガはヴィースバーデンのF.W.ムルナウ財団に譲渡された。1988年には5巻分がコピーされ、それは後に破棄されている。

しかし、ドイツ・パラマウント版のデュープ・ネガが現存している。これは西洋で流通したほとんどのコピーの基となったネガだ。1936年夏、ニューヨーク近代美術館(MoMA)映画部門の創設者であるキュレーターのアイリス・バリーは、美術館の映画コレクションに加えるドイツの古典映画のコピーの買い付けのためベルリンにやってきた。他のフィルムに加えて、その中には『メトロポリス』の35mmポジフィルムもあった。ヴィースバーデンで再複製された5巻分のフィルムと比較したところ、MoMAに所蔵されていたフィルムはウーファに保存されていたオリジナルネガからのコピーだということがわかった。MoMAのこのナイトレートのコピーはすでに存在しないものの、それをもとにして1937年にニューヨークでデュープ・ネガが作られていた。このデュープネガは部分的に使えなくなったため、1947年に当時はまだ存在していたナイトレート・フィルムからのコピー断片を使用して最初の修復がなされている。*2 1986年以来、このデュープネガはミュンヘン映画博物館が所蔵している。1934年にウーファの計測したネガの2,589メートル(中間字幕は除く)と比べて、現存するデュープネガが示しているのは失われたフッテージの存在だ。9巻のネガは2,532メートル(中間字幕を含む)の長さでしかない。

戦前のライヒスフィルムアルヒーフから東独国立フィルムアルヒーフに受け渡され、そして1990年のドイツ統一の後ブンデスアルヒーフ=フィルムアルヒーフに受け継がれたのは、1934年のウーファのリストにはない別のオリジナルネガだった。リストが制作される時点で、このネガはウーファの所有物の中になかったのかもしれない。というのは、このネガはアメリカに1926/1927年に送られ、先程述べたパラマウントによる改変を受けたオリジナルネガだからだ。このネガはおそらくパラマウントの配給権が切れた後に返却された。いずれにしても1936年以降には返却されており、その時になってウーファからライヒスフィルムアルヒーフに渡された。これは2,337メートル(7,712フィート・英語の中間字幕含む)の8巻のもので、この現在の形はより短いパラマウント・ヴァージョンと一致するものだろう。また、東独国立フィルムアルヒーフを経由したもので、ブンデスアルヒーフ=フィルムアルヒーフにこのネガを補足する断片が所蔵されている。それもまたパラマウント版の一部であり、パラマウントの最初の版で削除されたシーン、または完全に削除されたというのではなくても短縮されたショットを含んでいる。モスクワのゴスフィルモフォンド*3にあったこのフィルムは1971年になるまでベルリンに返却されなかった。ただ残念なことに、1,952メートル10巻という目を惹く長さは、ドイツ封切り時にあった、他のすべてのヴァージョンにはない部分が見つかったということを意味しているのではなかった。そうではなく、フィルムが長い理由は、このネガがパラマウント版の中間字幕の別ヴァージョンとアウトテイクを含んでいたことと、完成時のフィルムに、2重写しにするための特殊効果シーンが含まれていたことにあった。現在のところ、ウーファの外国配給部に渡された3つ目のオリジナルネガの行方については全くわかっていない。ただし、このネガから作られ1927/1928年に様々な国に輸出されたプリントは保存されている。ロンドンのBFIフィルム&テレビ・アーカイヴには、イギリスで配給された2,603メートル(8,608フィート)のナイトレートのコピーが所蔵されている。このヴァージョンには、MoMAの所蔵していたパラマウント版や、パラマウントのアメリカ配給版の双方に欠けていたシーンが含まれていたが、他のヴァージョンにも含まれるシーンには短縮されている部分があった。このイギリス版の中間字幕は、ところどころチャニング・ポロックによるパラマウントのアメリカ配給版と異なっている。数年前、ニューヨークのロチェスターにあるジョージ・イーストマン・ハウスは、オーストラリアのキャンベラにある国立映画・音声資料館(現スクリーンサウンド・オーストラリア)から、永久貸与という形でナイトレートのコピーを受け取った。オーストラリアで配給された、ハーレー・ダヴィッドソンの私的コレクションに由来するこのナイトレートのコピーは、編集と中間字幕の点でイギリスのコピーと少し異なっている。このプリントが特に面白いのは、それが全体に渡って着色されていることだ。他に着色されたナイトレートコピーとしては、ミラノのチネテーカ・イタリアーナが所有する3つの断片がある。1899メートル、482メートル、190メートルの3つの断片はそれぞれ多くの中間字幕を含んでおり、その内容はドイツ版のものとは大きく異なっている。極めて最近のことだが、なんと新しい修復版の制作が終わった後になって、着色版、ナイトレートのコピーがニュージーランドで見つかった。これまで私はこの作品を調査する機会を得ていないので、その詳細をはっきりさせることはできない。可能性が高いと思われるのは、このプリントがイギリスとオーストラリアのヴァージョンに似ているだろうということだが、確かなことはわからない。私はいつかこのフィルムを調べたいと思っている。もうひとつ別の、オレンジ色だけで着色されたナイトレートコピーが、UCLAフィルム&テレビ・アーカイヴにデビッド・パッカードから預かったものとして所蔵されている。私はそのコピーを調査する許可を得ることができた。その結果そのコピーが他ではみつからなかった短いシーンを含んでいることがわかった。残念ながら、このコピーを復元の際に利用することはできなかった。(問題のシーンは、そのためモロダー版*4から取り出すしかなかった。モロダー版を作った時、明らかにモロダーはこのコピーを利用している。私はモロダー版は復元ではないと思うので、ここではこれ以上言及しない。)現存する『メトロポリス』のソースはこれで全てだ。

確かめられている限りでは、復元されたものであれ、そうでないものであれ、流通している『メトロポリス』のコピーは全て上記のソースから作られている。ただし、途中多くの中間段階を経たために、映像的質としてはオリジナルからのコピーというより戯画にしか見えないようなヴァージョンも存在する。1927年に、最初はパラマウント社によって、次にはウーファによってカットされたシーンはいまのところ見つかっていない。また数十年に渡ってなされてきたアーカイヴの多くの仕事を考慮すると、このシーンがまだどこかに存在していることはありそうにない。それは、テア・フォン・ハルボウとフリッツ・ラングによってストーリーの中核になると考えられていたシーンを含む封切り版の4分の1が、取り返しようもなく失われたことを意味する。この事実にもかかわらず、フィルムアーカイヴは所有するプリントを数十年に渡って見せ続け、可能なときには、ここでは一般的に概略を示すほかない起源を持つよりよいヴァージョンを作ろうとしてきたのだ。

  1. [原]Bundesarchiv-Filmarchiv, Document Collection, file U 381. [back]
  2. [原]A letter by Eileen Bowser (Museum of Modern Art) to Manfred Lichtenstein (Staatliches Filmarchiv der DDR), dated April 16, 1968. Bundesarchiv-Filmarchiv, file on the Reconstruction of Metropolis (from Staatliches Filmarchiv der DDR). [back]
  3. [原]占領時に他の同盟国の軍隊が「外国人資産」としてドイツ映画のマテリアルを占領地区から没収したのと同様に、1945年ソビエト軍はウーファのバーベルスベルク・スタジオとライヒスフィルムアルヒーフから多くのフィルムを持ち出し、モスクワに送った。70年代米国議会図書館が西ドイツのブンデスアルヒーフへの送還プログラムを始めたとき、ゴスフィルモフォンドも選択的な本国送還を東ドイツに対して行った。 [back]
  4. [訳]電子音楽で知られるジョルジオ・モロダーによる84年のヴァージョンのこと。彩色を施し、ロック音楽を付け、残されているシーンからのカットを行い、中間字幕を大きく削除したこのヴァージョンは多くの批判を受けた。 [back]
  5. [訳]意図的に数コマしか残されていない状態の字幕を指す。そのまま上映すると字幕が一瞬しか表示されない。字幕を読めるようにするには、複製の際に字幕を引き延ばすストレッチングを行う必要がある。 [back]

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